祝日が少ないと言われているベトナムにも年に何回か4連休がある。
私はシンガポール&インドネシア・バタム島の旅を目論んでいたが残念ながら2014年当時は忙しく、また、金欠によりエアーチケットを入手する時期を逃がしてしまった。
シンガポール行きの格安チケットすらケチる俺、うーむさすがベトナム天下の現地採用!
涙なしで語れぬ現実。
今回は2014年8月30日~9月2日にカンボジアのロン島一歩手前までいき、結局ロン島へは行けなかった時の記事である。
ちなみにロン島の場所はこちら。
出発は8月30日の夜。
寝台バスによる12時間の長旅を経て、プノンペン経由でカンボジアの港町シアヌークビルへ向かう。
そこから高速船で1時間、ロン島を目指す。
ロン島には翌日31日13時に到着予定である。
ぎりぎりまでロン島でバカンスを楽しむ。
そして、どうにかして9月2日の夜くらいまでにはホーチミンに帰りたいと思っている。
9月1日の夜までにプノンペンに戻れば、余裕で2日にはホーチミンまで戻れるのだろうが……。
どうなるか分からない。
なお、今回の旅には下記の本を持っていくことにした。
冒険投資家ジム・ロジャーズをロン島に連れて行こう。
左のKrormaとは、以前私がプノンペン・シェムリアップ・パタヤ旅行をしたときに拾ったフリーマガジン。
このロン島の記事を読んでから今日の旅に実は繋がった。
なかなかよさそうな島だ。詳しくは下記のHPを見てほしい。
さて8月30日の夜、予定通り私はバスに乗りプノンペンを目指すこととなった。
バスの集合場所はいつものファングーラオ通りにある旅行会社。
ここから12時間の長旅に出る。
旅行会社内でバスを待っていると、日本人の女性から話しかけられ、しかもそのときの妙な勘の良さからどっかで会ったことがあることが判明。
なんと取引先の女性だった。
そのほかにも台湾人、フィリピン人とパーティーを組むことになった。
途中スペイン人もパーティーに引き込み、孤独な旅から会話のある旅に変化した。
バスに乗り込み、席を見つけると隣人が乗り込んできた。
ゆうに180㎝はあるであろうフランス人。
その巨体をフルに生かし、私の領域を脅かしし続けた。
ちなみに性格的には結構いい奴ではあった。
そして出発の時間が来た。
地獄の始まりだ。
このときはバスの一番後ろに座ったのだが、非常に狭かった。
そしてシェムリアップの道の如く、荒波のようなバスの旅となった。
ホーチミンを出発して2~3時間くらいたった頃だろうか、深夜のベトナム-カンボジア国境、モクバイに到着した。
無論、夜に国境は開いていないのでここで朝まで休憩。
写真を撮りたかったので、バスを一時的に降りた。
また狭かったので、開放感を味わいたかった。
外に出て読書をしたが、20分ももたずすぐバスの中に戻った。
なんせ、蚊の群れが容赦なく私の血を狙って襲い掛かってきたらだ。
そしてバスはその地で何時間か滞在し、クーラーのスイッチが入っているにもかかわらず、その間ずっと扉は開いたままであった。
一応言い訳しておくが、私が最初に外に出たわけではない。
乗客の皆さん、デング熱にかかっても恨まないでいただきたい。
そこから朝の6時か7時か、国境が開き、すぐ手続きに取り掛かった。
朝の国境の場合その処理が非常に早い。ぱぱっと完了する。
そこからが長かった……。
予定ではシアヌークビルに12時着のはずなのだが、なんと結局着いたのは18時だったのである。
バスの中で私が行動が許される領域はマジで狭く、気が狂いそうになっていた。
そんなとき、前に座っていた乗客と私の利害が一致したときがあった。
なんと乗客の足が席のてっぺんに見えるではないか!
前の乗客は頭を下にして寝ていたのである。
こうして私は足を伸ばすことに成功したのである。
先ほどもいったが、このバスはプノンペンについて乗り換えてから本来12時にシアヌークビルに到着するはずであったが、途中なんかよくわからないけど荷物を載せたり降ろしたり、ブレーキがおかしくなったりと問題を山ほど抱え、18時シアヌークビル到着というわけの分からないことになった。
6時間のロスである。これはでかい、致命的なロスである。
14時までにシアヌークビルに到着できないと船がなくロン島にはいけないので、この日というか、今回の旅では実はロン島に行くのを断念した。
その代わり新しい発見や冒険ができそうな違う島に行くことにした。
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